蒼夏の螺旋

  “とりっく・おあ・とりーと?”
 


 いつのころからの浸透かは定かではないながら、クリスマスにバレンタイン・デーと来て、次にと持て囃されるようになった西欧のイベントが、10月末日の“ハロウィン”だと言われている。様々に工夫を凝らした いかにも恐ろしい魔物の仮装をし、カボチャのランタンを作って窓辺や軒へと飾り、ジンジャークッキーやキャンディなどを子供たちに振る舞い、馬鹿騒ぎをしつつ夜更かしをする…くらいがおおよその概要と思っておいでの方々が大半だろうが、実はこれもまたれっきとした“宗教行事”であり。10月末日の晩というと、キリスト教では“地獄の門が開いてしまい、亡者が現世へ舞い戻る”とされている。そこで“町へ入るな、人々に取り憑くな”と、亡者らを怖がらせるべく、もっと恐ろしい魔物に扮して、夜通し用心しましょうというのがそもそもの主旨であり、平たく言うならキリスト教世界のお盆のようなもんである。
(おいおい) この晩だけは無礼講で、子供たちも夜更かししていていいらしく、やはり仮装した何人かで組になり、各家を廻って“お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ?”という意味の、

  ―――
Trick or Treat?

 という声をあげては、キャンディやクッキーをせしめて回る。小さな子供とて実は大人が勘弁してと言いなりになるほどの魔物であるぞよという、こっちも亡者を寄せぬためのおまじないだという仕立てであり、

 「これが終わったら、一気にクリスマスツリーが立てられんだよな。」
 「まぁな。」

 年々早まってますものね、そっちも。でも何か、まだ暖かいのに、イチョウやカエデも緑なのにと思うと…ねえ? いくら陽が落ちるのが早まったんで、イルミネーションも綺麗に映えるのではあれ、あまりのフライングっぷりには、季節感台なしの感も否めませんけれど。そんなツリーのことをまだ立たぬうちから話題にしてどうすると、もっと先走った話題になってしまったのは。こちらさんのお宅じゃあ、旦那様のお仕事の関係で…既に新学期向けのキャンペーン企画だの何だのに気持ちを向けておいでという、先行ぶりだからなのかも知れない。少子化だからか、一人の子供へ親戚中の注目が集まってのこと、不景気ではあれ多少贅沢なものも本物志向から売れなくはない。ランドセルにしても入学式のお粧
(めか)しにしても、純正なものをこそお孫さんにいかがでしょうかと匂わせたなら、子供には早かろうというよなブランドものでも、不思議と注意を引くらしいという話なんぞをしていたりするのに比べたら、来月や年末の話くらいじゃあ、鬼も笑わぬことだろて。

 「でもさ、Q街のハロインパレード、
  まさかゾロんところも協賛してたとは知らなかったなぁ。」
 「そっか?」

 奥方、ハロウィンです。(今更か?・苦笑) 数日前となる日曜に、ここいらじゃあ有名な繁華街の大通りにて、終日通行止めにしての大掛かりなパレードがあったのだが、それへとご亭主の会社も協賛していたらしいこと、当日まで知らなかったルフィだったらしくって。少し厚手の4枚切りのトーストへ、蜂蜜とイチゴジャムとをマーブル状に塗ったの、そりゃあ美味しそうにぱくつきながら、奥方が続けたお言いようが、
「資金の募金だけじゃないんだろ? 沿道に来た見物へ配るお菓子の手配とか、フロートの台車の提供とか。」
 お、何でそんなことまで知ってんだ? だって、台車提供のTの支社の人と話してたの、ゾロの後輩のパウリーさんだったんだもん。

 「俺らもサッカーチームとPC教室の父兄が集まって、
 “魔女っ子集合”ってフロート出したからさ。」

 なんですか、そのオタク魂 萌えさすようなお題はと。筆者が苦笑しかかれば、

 「おお、あれってやっぱ そうだったのか。」

 3枚目のトーストの最後の1片をお口にほうり込みながら、ゾロがいかにも可笑しいと目許をたわませて見せる。何だよ、その反応と、今度は逆にルフィが小首を傾げれば、
「だってよ、パウリーが言ってたんだ。」
 カメラ小僧どころじゃない、父兄って様子じゃあなさそうな年頃の、でもいい大人らしいのまでが、小さな魔女さんたちの写真を撮りたいってデジカメや携帯かざして寄って来て大変だったって。

 「…それは、困ったもんだね。」

 まったくである。
(う〜ん) とんだ脱線話はともかくとして。商社の名前は、それがどんなに大きい規模の企業であれ、消費者の前へストレートに出ることは案外と少ない。物品の融通や企画の仲立ちなど、流通の途中で企業同士の関わり合いに一役買うという格好にて活躍するのが本旨だからで。なので、結構有名な商社に勤めている旦那様ではあるのだが、その関係者が思わぬところにいたのを見受けて、ルフィ奥様、あれまあと驚いたらしい。今日もいいお天気になりそうなことを思わせる明るいダイニングは、トーストの香ばしい匂いに満ちており。テーブルを挟んで向かい合う若夫婦は、そろって朝食をとりながら楽しい会話を弾ませておいで。片やのご亭主は出勤のためのワイシャツ姿なのだが、その広い胸元が横手の小窓から差し込む陽の金色受けていて、精悍さがなお増してのなかなかの男ぶり。それへと向かい合い、時折、大仰なまでの手振り身振りを差し挟んでの楽しげな語り、あれやこれやと繰り出す奥方のほうも、まとまりの悪い黒髪が一方からの陽を受け、甘い色合いに暖められての愛らしく。日いちにちと深まりゆく秋の気配に、シックにも寂寥なぞ感じて…いる暇もないまんま。お互いに大好きな君といつまでもとの幸い噛みしめつつ、楽しくもご陽気にお過ごしの今日このごろ。

 「パレードはともかく。」

 お行儀よくも“ごちそうさま”と手を合わせ、リビングへと移って食後のコーヒーをのんびりと味わいながら、新聞を広げたゾロの声へ、

 「何なに? なんだ?」

 洗い物やら後片付けなら後でも出来る。出勤しちゃってからは聞けない、ゾロの生のお声だ、貴重だと言わんばかり。何か言ったかと洗濯機のあるサニタリーから勢いよく駆け戻って来たルフィの様子に、おおおと面食らった振りを見せつつも、それもすぐにほどけてのくすすと微笑うと、

 「PC教室の父兄とのお茶会の方もやるんだろ?」
 「おおvv」

 パレードは今年初めて参加したもの。それよりも前々から、父兄も入り混じって仮装して楽しむ“お茶会”という名の仮装昼食会を、毎年主催しているPC教室の父兄会でもあって。

 「今年はうまいこと土曜の晩だから、晩餐会にしてもよかったんだが。
  全員の都合つけるのは難しいってんで、
  やっぱ昼間のお茶会でってことへ落ち着いてサ。」

 そのひょろりとした痩躯へは少々大きめのデニムのボトム。足元を膝下までめくり上げているのはお洗濯に勤しむための“せんとー態勢”に入っていたからか。それにしちゃ横縞ボーダーのソックスが覗いていて、濡れるのは構わんのかな?と思いつつ。ゾロが口にしたのが、

 「もしかして今年もややこしい仮装をすんじゃなかろうな。」
 「?? 何の話だ?」

 心当たりがないものか、真剣本気で“???”と疑問符を頭上に浮かべてしまった奥方であったのだけれど。そんな彼の屈託のなさにまで、はぁあと呆れたように吐息をついて見せたゾロ、

 「去年のあの“杭打ちゾンビ”を忘れたか。」
 「“杭打ち…”?   ……あ、ああ、あれな。」

 そうそう、そういえば。昨年のやはりハロウィンのお茶会のためにと、ルフィが考えていたのが、ぶっとい丸太の杭…の張り子の玩具を、そこへと刺さっているかのように、血糊つきでおでこへ貼りつけるという過激な見栄えの代物で。事前の“試着”の段階で、この…学生時代はずっと剣道の全国チャンプの名をほしいままにしていた猛者でもある旦那様をも、心から驚かせたその威力は凄まじく。あまりに破壊力が大きすぎるとのことで、禁令が出てしまったのだったっけ、と。そこまでを思い出しての、あははと笑った奥方だったのへ、

 「あのな…。」
 「ごめんごめん。今年のはあんな物騒なのじゃないからさ。」

 困らせられた当事者のゾロを前に、笑っちゃあ さすがにまずいかと、まだまだ子供のそれという気配も濃い手で、ぱふりと口許押さえたルフィ。何とか笑いの発作を収めると、むっつりとしかめっ面になったゾロのお膝近くまでを駆け寄り、よいしょと真っ向からそこへよじ登っての跨がってしまう。こうまで大胆且つ、唐突な甘えられようへは、微妙にムッと来ていたゾロとても、

 「お、おいおい。」

 押されるようにソファーの奥へと押し込まれながらも、あのその…なんだ。シャツ越しに触れてくる小さな手のささやかな温みのやさしさや、まだまだ軽い、でもでも大切な人の重みなどなどが、不貞腐れかかってた気持ちをあっと言う間にまろやかに絆
(ほだ)してしまい。……こっちの破壊力も相当なもんじゃね?(苦笑) ちょっぴりどぎまぎする旦那様を見下ろして、ルフィのご報告は無邪気にも続き、

 「黒づくめの魔法使いのコスプレするんだ。三角の帽子にマントつきだぞ?」

 先のパレードん時に、子供らの魔女っこ&魔法使いの衣装を見に行った貸衣装屋さんで見つけてサ。ニーハイっての? 膝上までのハイソックスに、ちょこっと踵の高いハーフブーツも真っ黒のが揃ってたんで、それを一式……と、説明しかけていた奥方の言いようを、うんうん楽しいのになりそうだねぇと、穏やかに笑って聞いていられたのもどこまでだったものか。

 「………ちょっと待て。」
 「何だ?」
 「ニーハイってのはもしかして。
  膝より上まである、タイツのなりそこないみたいなあれか?」
 「おお。そう言ったじゃんか。」

 今時の略語じゃんよ。つっても、俺もレギンスとスパッツの違いは判んなかったし、スキニーってのもよく判らな……

 「ダメだダメだ、いけません。」
 「な……何が?」

 せっかく直ったご機嫌がまたぞろ傾
(かし)いだゾロみたいだが、今度のは理由が判らぬルフィ奥様、ただただ小首を傾げてしまったものの。むっくりと身を起こしたゾロが、言い聞かす態勢に入ったそのあおり、その身へくるりと腕を回しての、離さないからよくお聞きという恰好になってくれたのが……、

 “……ありゃりゃ。///////”

 やだなあゾロったら、朝っぱらから。////// ……なんてことをば思ったらしいから、何とも幸せな思考回路の持ち主さんであることよ。とはいえ、

 「…あっ、今日のわんこが始まってるっ!」
 「なに?」

 時計代わりに点けてたテレビには、真っ白な毛並みのウェスティくんが、キャラメル色の仔猫にじゃれつかれている映像が。あああしまった、のんびりしすぎだ。今日は燃えるごみの日じゃなかったか? いいよ、あとで俺が持ってくから、ゾロは真っ直ぐ会社行ってと。一気にどたばた、慌ただしい朝に塗り変わるのもまた、若さゆえのことだろか。

  ―― と、とにかくだ。
     そんなはしたない、太もも見せるよな仮装は、俺が許さないからなっ!

     えーっ、てゆうか、なんで判ったの?

 出社ギリギリまで、そんな楽しい
(笑)会話を繰り広げる、愛らしくもにぎやかなご夫婦だったけれど。それでも…ネクタイ締めて、上着を羽織って。ブリーフケースを片手に、玄関先で靴はいて。さてと振り向いたご亭主へ、ちょっぴり上目使いになった奥方、


  「じゃあさ、ゾロが見繕ってくれよ。」
  「衣装をか?」


 当日は残念ながら仕事があって、もしかしてその日のうちには戻れないかも。でもでも、見ず知らずの亡者なんかにこの子はやれぬ。(…もしもし?)

 「判った。」

 じゃあ、今日は定時に帰れそうだから、Q駅で待ち合わせてその貸衣装屋へ行こうじゃないか。ルフィが亡者に攫われないよう、格式高い魔女のカッコで追っ払ってやりゃあいい。え〜〜、堅苦しいのはなんかヤダなぁ。今から既にいちゃいちゃが始まってる困ったご夫婦。いいのか、テレビの画面じゃあ、目覚まし占いも終わって、小倉さんが挨拶始めてるぞ?
(笑) 秋の夕べの寂寥を吹っ飛ばすだけじゃあ飽き足らず、朝っぱらから甘くてお熱い、相変わらずなお二人さんであるようです。


  今日も元気に、いってらっしゃいvv



   〜Fine〜  09.10.29.

  *カウンター327,000hit リクエスト
    ひゃっくり様 『ゾロル二人っきりの甘甘ラブラブデートvv』


  *あ、しまった。
   デートの約束取り付けたところまでだった。
(こらこら)
   ここまででもかなり傍迷惑に甘い人たちで、
   月の砂漠をは〜るばると〜…っと、
   余裕で歌えそうなほどに 砂がどさりと吐けそうです。
   サンジさんがいたら…
   何を甘やかしとるかと黙ってゾロを殴ってたかもですね。
   ええ勿論、自分のことは棚上げです。
(笑)

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